おもしろい記事とつまらない記事の違いについての考察

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ブログのおもしろい記事とつまらない記事の違いとは?

はい、皆さんこんにちは。いんたらくとです。

 

 

新着リストを見ていて

私はよく新着リストから、面白そうな記事を探すのですが、背景がない記事が多く混ざっていて残念な思いをすることがあります。

 

Ahoo!知恵袋の文章をコピペしただけの記事、節操もなく人気記事やコメントを貼り付けただけの記事、時事ニュースを機械翻訳して感想すら書かれていない記事。

 

ひどい時は広告のためにただ文字の羅列があるだけのものもあります。その広告のリンクをだれがクリックするのか教えていただきたい。

 

 

2つの分類

世の中の記事は全て、おもしろい記事とつまらない記事に分けることができます。

 

境界は文章の量ではありません。文章に興味を持ったかそうではないか、興味を持たせたか持たすことができなかったかの違いです。

 

つまらない記事

例えば、Twitterで注目を浴びている情報をペタペタ貼り付けることは、簡単にPVを集めることができることかもしれません。その簡単な方法に気がついてしまうとあらゆる情報をピックアップして記事らしく仕立て上げる行為が行われます。そんなものはもはや記事ではありません。

 

某新聞社のように事実を隠蔽したり曲解したりする事は論外ですが、記者個人や報道機関の伝えたいことではなく、多くの人が「いいね!」を押したもの、「リツイート」したもの、数字が稼げそうというものを垂れ流しています。テレビを例にするとわかりやすいのですが、そういったものは視聴率が稼げるので広告主も喜び撮影コストもかかりません。良い事尽くめのように見えます。

 

ところが、私はそのような番組をつまらないので見なくなりましたし、他にも同じように考えてテレビを見なくなった人もいらっしゃるかもしれません。おかしいですね、PVが稼げて注目を浴びているはずなのに。

 

昔は良かったと言うと「懐古主義」とひとくくりにされてしまうことが多いと思いますが、実際に質が落ちたことから目を背けるべきではないと私は考えます。

 

おもしろい記事

私は最新の旅行情報や正確な商品評価を届けるためにブログ運営を行っていますので、基本的には検索流入がメインとなっています。

 

一般向けの検索流入とブロガー向けの関連流入のどちらをターゲットとして設定しているかによってもおもしろいの基準は違うと思いますが、それぞれ以下のように仮定しています。

 

  • 役に立つ
  • 共感または、突っ込みどころがある

 

みなさんが最近おもしろいと思った記事にはこの2つの要素いずれかもしくは両方が含まれていませんでしたか?

 

私は著者の「体験」や「経験」、そして「思い・想い」や「考え」について述べられた記事が読みたいです。「体験」や「経験」は役に立ちますし、「思い・想い」や「考え」は共感したり反論したくなります。そういうように読んだ人を動かす記事はおもしろい記事に違いありません。

 

それこそ、著者が本当に良いと思ったのならステルスマーケティングでも構いません。(まあ現実はお金をもらって書いた記事は避けられないバイアスによって、真の商品評価ではなくお金を褒め称える事になりますので、なんだかんだ言いつつもステマは駄目ですが。)

 

「◯つの理由」がつまらない理由

さて、おもしろい記事とつまらない記事の要点を挙げたところで、「◯つの理由」がつまらない理由を考えてみます。

 

買わない◯つの理由がタイトルの勢いの割につまらない記事が多いのもそれ(2つの要素が不足していること)が理由ではないでしょうか。役に立ちもせず、共感もできない。すなわち、理由の内容が不十分という事です。

 

例えば、買わない理由ならば「値段が高い」ではなく、「◯◯という理由で値段が高い」というように主観的な理由が欲しい。

 

主観的な理由を書こうとすると、頭の中の取り留めもないような記憶を文章にするので時間がかかります。また反対に、客観的に「高いから」というように書こうとすると、今度は「調査データ」を用意しなければならないので、著述や編集には「主張」以上に時間がかかります。◯つの数だけ「理由」をしっかりと書くことはとても時間がかかるのです。

 

短時間で効率よくPVを稼ぎたいだけの人にはおもしろく書くことは無理ということです。それでも効率よく量産した方が記事の絶対数は多くなります。こうして、おもしろくない「◯つの理由」の記事が溢れてしまったのではないでしょうか。

 

まとめ

最近ではちしきよくのid:zetakunさんも述べられていましたが、意見を述べることには責任がつきまといます。揚げ足を取られないようにビクビクと怯えている人にとって、意見を述べることはリスクです。

 

PVと互助会 

大きなリスクを負う割には、意見ではなかなかPVは稼げません。でも、思い出してください。PVはただのカウントです。多いことは立派ですが、多いからといって必ずしも中身のある記事とは限りません。

 

互助会が批判される理由も同じですよね?

はてブが多いからといって必ずしも中身のある記事とは限らないという点で、きっと意味のなさは同じです。

 

私が言いたいのは、1人が10関心を持った記事の方が、10人が1ずつ関心を持った記事よりも価値があるということです。

 

ついでなので書いておきますが、私がはてなのトップページをほとんど見ないのは、Aという記事の面白さが10点で、Bという記事が1点の時に、Bがトップページに載っているからです。

 

理由は10点×1人=10と1点×100人=100で、総合点はBの方が高いから・・・。ふざけるなという話ですよ。

 

もしや、内輪で盛り上がれる記事を書かず、互助会も関係ないと、はてなブログはアウェーだった!?(←冗談です)

 

3面記事ではなく

情報が溢れている世の中ですから、衝撃的な出来事をただ伝えるだけの「3面記事」ではなく、勇気を出して後ろの面の「社説」や「趣味」のページを書きましょうよ!

 

そっちの方が読んでいておもしろいですから。

 

意見というものは、自分視点からの発言なので、自己中心的な見方になってしましがちです。炎上しやすいものを炎上しないように多くの人に伝えるのは高度な文章技術を要します。難しいのは承知しています。私だって、今すぐでもその技術が欲しいです。

 

だから、私はそういう記事を書いている人を応援しています。いつも興味深い記事をありがとうございます。

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