グアムの首都はどこでしょう?歴史のある魅力的な街「ハガニア」観光

さて、問題です。グアムの行政区分上の『首都』はどこでしょう?歴史のある魅力的な街「ハガニア」を観光してきました。

はい、皆さんこんにちは。いんたらくとです。

グアム旅行記2017 その5
日時 2017年9月8日(金)
場所 米国/グアム
期間 2017年9月7日~9月11日
目次 グアム旅行記2017

雨上がりの島

10時頃になってようやく大雨が収まりました。ホテルのプールや前のビーチを確認したあとに、ようやく『観光』をスタートしました。つい数時間前までは視界が悪くなるほどの大雨が降っていたとは思えないような、曇っているのに明るい歩きやすい天気でした。

 

タモンサンズプラザの前から無料のシャトルバスに乗ってグアムプレミアアウトレットへ向かいました。ハガニアへは海岸に沿って4.2km歩いたところにある歴史のある街です。ちなみに、タモン地区とハガニアをつなぐ1回4ドルの『赤いシャトル』が1時間30分に1本運行されています。

 

運行されている本数的に、タイミングによってはグアムプレミアアウトレットから歩いたほうが早いです。

 

歴史のあるハガニア

ハガニアは1688年にグアムで最初の教会が設置された歴史のある街です。スペイン領時代には先住民の移住を強制されていました。1898年の米西戦争時にスペインからアメリカに割譲されアメリカ領になりました。街の人口は島の半分を占めるまでになりました。そして、第2次世界大戦が始まり日本軍によって占領され、明石市と改名されました。その後、アメリカによって奪還されましたが、その際の艦砲射撃によって街は破壊されてしまいました。現在の街は戦後に再建されたものです。とWikipediaに書いてありました。

 

歴史があるだけではありません。現在のグアムの行政区分上の首都、日本で言うところの県庁所在地はハガニアです。日本の総領事館もハガニアにあります。観光の中心部はタモンですが、行政の中心はハガニアにあります。

 

歩き続けて約1時間。ハガニアに到着しました。小さな街ながらも観光する場所はたくさんあります。歩きではなく、レンタカーを借りて移動したほうが効率よく回れるでしょう。余談ですが、GUAMの旗に描かれている景色はハガニア湾とハガニア川です。

 

偉大なグアム 記念碑

チャモロビレッジという水曜日の夕方になると賑わう場所のすぐ近く、ハガニア川の河口付近にこのモニュメントはありました。『GUAM』という文字が中央に来るようにすると、誰でも上手に写真が撮れる記念撮影スポットです。

 

 

グアムの自由の女神像

guam2017 – Spherical Image – RICOH THETA

パセオパークの先端部分に自由の女神像がありました。この像は2代目です。グアムはアメリカの準州ながらも、大統領選挙への選挙権はありません。初代はそのような状況を快く思わない人によって破壊されたそうです。

 

guam2017 #theta360 – Spherical Image – RICOH THETA

 

ボートベイスン

ハガニアのオプショナルツアーの拠点となるマリーナです。ハガニアのオプショナルツアーに申し込むここから出発することになります。近くには旧日本軍のトーチカがあるようでしたが、何かの工事中のため確認できませんでした。

 

 

シレナパーク

スペイン統治時代に造られた『サンアントニオ橋』が現存するシレナパークです。水面に反射して眼鏡橋のようになっていました。

 

普段の橋

 

スペイン時代には本当に川が流れていたそうですが、今ではこちらの写真のように、水は張られていません。この日の朝に豪雨があった事によってこの橋が造られた当時の面影を感じることが出来たのでした。足止めを食らっていたので、運がいいのか悪いのかわかりませんが、珍しい景色を見ることができました。

 

人魚シレナの伝説

橋のふもとにはグアムの伝承の人魚シレナの像がありました。どんな内容の伝説なのかと言いますと、地球の歩き方の特派員の方が記事にされていました。

 

むか〜し昔、Hagåtña River(ハガッニャ川)の入り江の近くに泳ぐことが他の何よりも大好きなSirena(シレナ)というCHamoru(チャモロ民族)の少女が住んでいました。

ある日、シレナはNana(母親)からアイロン掛け用の木炭にするココナッツの殻を拾い集めてくるように頼まれ出掛けたのですが、、その日はお天気が良く、シレナは母親から頼まれた用事を後回しにし泳ぎ始めてしまったのでした。

シレナの帰りを家で待ちわびていた母親は次第にイラつきはじめ「あの娘は用事も済ませずにまた川で泳いで遊んでいるに違いない」と思いはじめました。

そして「親の言いつけよりも泳ぐことが好きなら、そんな娘はうちには要らない。魚になって一生泳いでいれば良いのよ!」と神に告げたのです。

ちょうどその時、シレナの家に遊びに来たMatlina(ゴッドマザー=名付け親)が慌てて口をはさみ「私に免じてどうか人間の部分も残してください」と神に願いました。

そんなこととは知らないシレナ、突然泳ぎが楽にそして益々じょうずになり、そこではじめて自分の下半身に変化が起こり(母親が自分を罰するため神に願いをかけ)人魚にされたことを悟ったのです。

出典 https://tokuhain.arukikata.co.jp/guam/2015/08/sirana.html

特派員の方いわく「子供を強く叱りつけたりすると大切な宝(わが子)を失ってしまうよ」という教訓だそうです。

 

 

ドゥンカ ハウス(Dungca House)

米西戦争の後に建てられた、コロニアル様式の建物です。周辺にあるルハンハウス(Lujan House)などとともに『ドゥンカ ハウスとハガニア歴史保存地区』を構成する歴史のある建物です。

 

 

(続く)

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