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水戸徳川家の整備した日本庭園!東京ドーム隣接の名勝「小石川後楽園」へ行く

水戸徳川家の整備した日本庭園!東京ドーム隣接の名勝「小石川後楽園」へ行く

はい、皆さんこんにちは。いんたらくとです。

 

小石川後楽園

小石川後楽園は東京ドーム隣接の名勝で、1629年に水戸藩初代藩主の徳川頼房によって作られ、水戸光圀によって完成された庭園です。「天下の憂いに先じて憂い、天下の楽しみに後れて楽しむ」という明時代の役人が残した言葉をもとに後楽園と名付けられました。岡山県にも同名の後楽園という日本庭園があることからそれと区別するために地名の小石川がついて小石川後楽園として登録されています。

 

アクセス

小石川後楽園は後楽園駅から東京ドーム方面の出口から歩いて約6分です。連絡橋で東京ドームに繋がっていますが、その手前の階段で地上の道路に行き、東京ドームの東側をぐるっと回るように歩いていくと小石川後楽園の入り口が見えてきます。

 

今でも江戸時代からの石垣が残されているので、良い目印になります。この石垣が見えてくれば入り口まではもう間も無くです。

 

 

徳川家ゆかりの小石川後楽園

水戸徳川家が整備した庭園なので入り口には徳川家の家紋がありました。

 

記念撮影のできるパネルが設置されています。水戸黄門でお馴染みの水戸藩ゆかりの庭園ということでなりきり衣装も貸出していました。ただし、時代劇としてはトップレベルの人気のドラマ水戸黄門でしたが、実際の水戸黄門は全国を旅したことは無かったと言われています。

 

猿回しイベント

太郎次郎一門による猿回しイベントが開かれていました。猿回しは江戸時代からの大道芸で、言い換えるとお猿のショーです。

 

竹馬に乗って障害物を飛び越えたり、走り高跳びをしたり、という様子を見て楽しむことができました。

 

蓬莱島

 

中央の池に浮かぶ小さな島は蓬莱島です。水に囲まれているため上陸することはできません。蓬莱島には遠くから見るだけでも趣のある弁才天を祀った祠があります。

 

蓬莱島に行くための船着き場もありました。

 

八卦堂跡

急階段の先にあるのが八卦堂跡です。八卦堂は関東大震災のときに焼失してしまいましたが、八角形の形のお堂「八卦堂」の基礎が残されています。八角形の形に石が並べられていて、当時の様子をなんとなく想像することができます。

 

春夏にかけて咲き誇る梅林

春から夏にかけて梅林の花が一斉に咲きます。藤棚やカキツバタなどが植えられているので、季節ならではのお花見を楽しむこともできます。

 

神田上水跡

神田上水の跡と言われている堀です。神田上水は井の頭公園の池から石樋や木樋を通して江戸の街に水を供給していました。江戸時代には上水の整備が進み、地面の下に水道が通っていました。地面の下を上水が通るというコンセプトは現代の水道と似ています。浄水場で綺麗にしているわけではないので、厳しく水質管理が行われていたようです。

 

近現代の東京に焦点をあてた展示が見られる「江戸東京博物館」へ行く

 

九八屋

九八屋は庭園にはつきものの御茶屋ではなく、お酒を飲むための酒亭です。戦争で焼失しましたが1959年に復元されて、現在では休憩所として使われています。名前の由来は「酒を飲むに昼は九分夜は八分にすべし」という教訓からだそうです。庭園といえば抹茶の印象が強いのですが、江戸時代でもお花見といえばお酒という方も居たようです。

 

三福団子という高尾山名物の団子の移動販売車は行列のできる人気ぶりでした。

 

 

東京ドーム隣の自然

 

涵徳亭 びいどろ茶寮

涵徳亭(びいどろ茶寮)は1968年に再建された茶屋です。涵徳亭は「かんとくてい」と読みます。部屋は喫茶コーナー、集会施設として使われています。訪れた日は喫茶のびいどろ茶寮は営業を休止していました。

 

おわりに

小石川後楽園はのどかな雰囲気が流れる名勝の日本庭園でしたが、一歩外に出れば東京の中心部です。東京ドームシティは大人気で多くの人が訪れる娯楽施設となっており、非常に大勢の人が歩いています。規模としてはすぐに回れる広さなので、観覧車やジェットコースターに乗るついでに足を伸ばして見るのも良いかもしれません。

 

参考 小石川後楽園|公園へ行こう!東京都公園協会

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