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同調と調和が止揚した世界を夢に見る

今回は「同調から調和に止揚した世界を夢に見る」と「ある会社員に起きたこと」の2本立てです。

はい、皆さんこんにちは。いんたらくとです。

 

前文

この記事を書いている理由は、とあるブロガーの方がそのことに触れていたからなのですが、気の毒かそうでないかでいえば気の毒な話なのです。ただ、せっかく良いことを書いているのに、記事の核となる部分に同意できない箇所があるという残念な事態が発生してしまいました。決して責めたい訳ではないのと、前後の流れを補完するのに有る事無い事を混ぜていますので、原文には忠実ではないためここで言及するのは避けさせていただきます。

なお、この記事は約6000字あります。初の長編に挑戦してみましたので、最後までじっくりとお楽しみ下さいますと嬉しく思います。

ある会社員に起きたこと

ある金融系の会社に勤めていた増田さん(仮名)がいました。増田さんは会社員で営業職でした。ですから金融商品の販売を販売するのが仕事でした。その増田さんの身に起きた出来事です。

ある会社員の出来事

【注意】この話は作り話です。あらかじめご了承ください。

増田さんはとある支店に在籍していて、自身の業績をあげるために新たな顧客の獲得を目指して、地域でお祭りなどを取り仕切っているグループへ顔を出すことにしました。そのグループでは、ゴミ掃除、地域の見回り、そしてお祭りとあらゆる地域貢献活動を行っていました。数ヶ月そのグループに顔を出し続けてきて、ついにはそのグループから顧客になってくれた人がちらほらと出始めました。そうして当初の目的である新たな顧客の獲得にも成功して、順風満帆な会社員生活を送っていました。

 

数年が経ち、増田さんは今後のキャリアを考え始め退職することを決めました。それからは退職の手続きや各所との調整などとても忙しい日々を過ごしました。そして、地域グループの代表者のところへ退職のあいさつに行きました。

 

そこで代表者は、(増田さんがいうには)増田さんに暴言を吐きました。

 

今までの恩は忘れたのか?

どうして相談してくれなかったの?

お前が言うから買った金融商品はどうなるの?

・・・

お前は最低な野郎だ。

地域のグループで活動してきたのは「あわよくば利用してやろう」という気持ちがあったからだったんだろう?

増田さんはこのように思いました。

 

  • 退職するか相談するのは自由。そもそも数年間にわたってグループで活動してきたのは感謝されて然るべきで批難なんてもってのほか。
  • 会社員と顧客という立場では会社員のほうが立場が弱いから、暴言は仕方がない。

このままでは一方的に終わるのは気分が悪いので、相談しなかったのは各所との調整などでとても忙しい日々を送っていたからということを伝えました。そうするとグループの代表者は「そんなことは私たちとは関係のないこと」と言ったのです。あれほど一緒に活動してきたのに、どうして理解が得られないのだろうか。どうして関係のないことと突っぱねられてしまったのだろうか。増田さんは悲しくなりました。

そうして増田さんはこのようにも思いました。

 

  • この代表者は一緒に活動してきた仲間の事はどうでもいいんだ。
  • 仲間の考えや困りごとには興味ないんだ。
  • 代表者の考えが絶対で、仲間の今後は心配ないんだ。

代表者はあれほど節義を守ることが大切だと言っていたのに何ていう仕打ちでしょう。やはり、これからは同調ではなく調和のグループ運営が必要なのではないだろうか。

 

会社員に起きたことの解説

細部までしっかり読まれた方は、気分が悪くなったのではないでしょうか?最後に「他の人の意見を尊重しないのは良くないよね」で終わっているのはギャグでしょうか。

 

目的と手段

増田さんはセールス目的でグループに顔を出しました。そのことから、目的と手段は以下の通りであることが分かります。

目的:金融商品の販売

手段:無料奉仕活動

つまり、増田さんは地域貢献を目的としたグループの仲間ではないわけです。しかし、グループの代表者は仲間だと思っていたので、金融商品を購入したのに裏切られたという思いで最低野郎だという発言につながっています。

 

そもそも、取引先に懇意にしていた担当者がいたとして、前振りもなくいきなり退職の挨拶だけ来るというのは、ビジネスにおいてとても素晴らしい対応ですね。近況報告として前もって、退職するかもしれないということを伝えておくのがよりスマートではないでしょうか。増田さんの場合は顧客でしたが、相談とは言わなくとも、定期的にグループに顔を出しているのですし、クビになったり急な転勤というわけではないので、近況報告が出来たはずです。

 

まあ、そんなに親しくない取引先なら、退職の挨拶と引き継ぎの連絡で済ませると思いますが、今回は明らかに該当しない状況です。

 

「裏切られたとしても、活動の成果は役に立ったはずなのに、なぜこうも言われなければならないんだろうか」というのは手段が目的になってしまっているからそういうことが言えるのです。

 

ここでクイズです!

毎日満員電車に乗って会社に向かい仕事をするというシチュエーションがあった時に、みなさんなら目的と手段は何か分かりますよね?そうしたらこのクイズは簡単です。

  1. どうして会社でしっかり仕事をしているのに評価されないんだろうか?
  2. どうして満員電車にしっかり乗っているのに評価されないんだろうか?

①と②のどちらがより万人が納得できる疑問でしょうか?

 

狼人間の増田さん

仲間でないのに仲間の振りをしていた狼人間は、追い詰められるといきなり賭けに出ました。

狼人間:私はあなたたちの仲間で人間です。月夜に外に出たのは作業が残っていたからでして、普段は人間の村人であなたたちの仲間です。

村人たち:そんなことは私たちには関係ない。増田は私たちの仲間ではなく、牧場を荒らしていた狼ではないか。

狼人間:どうして理解してくれないのだろうか?

増田さんがどうして相手が理解してくれないのかと思っている間は、永遠に理解されることがないと思いますね。

狼人間:牧場を荒らしたのは悪いと思うけど、頭の固い奴らで困るなあ…多様な意見を尊重できたら良い村なのになぁ。みんなひどい。

今までの事を放り出して突然仕事を辞めると言い出した増田に突きつけられた条件とは…。増田さんは仲間でないという事実を知って最低野郎だと言った代表者に何を求めているのか?自分の私利私欲のためにさんざん利用したのに、それに対して失望している相手に対して、多様な意見を尊重しないとと一言にまとめる勇気は尊敬に値します。相手が勝手に勘違いしたとはいえ、そのことに気づきながら営業活動を続けてたのですから、最後まで仲間のように振舞っておけば良かったのです。

 

気持ちの良い終わり

もし、代表者が暴言を吐かなければ感謝伝えて気持ちよく終わらせるつもりだったそうです。

「今まで業績を上げるために商品を買ってくれてありがとうございました。それでは。」と言って営業は帰って行きました。後に残ったのは効果のわからない謎の壺でした。

???「業績も上がったし良かった良かった。」

それはさぞかし気分も良いことでしょうね、増田さん。

 

身から出た錆び

この話を読んだ時に、私は増田さんの対応が悪かったと思いました。気の毒なのは最後の最後で勘違いによる化けの皮が剥がれてしまい、暴言で威圧されたことでしょうか。もし、グループの代表者が腹黒い人だったら、直接本人には言わずに無言で増田さんに同調し、にこにこと送り出してから盛大に文句を言います。私はグループの代表者が増田さんを個人として尊重していたから仲間として受け入れていた、騙されたと罵倒したのだと思いましたが、同調を否定する増田さんが同調を要求していたのはギャグですよね…。

それでいて、最後に理解してもらえなかったことが今でも心残りですと言えちゃうところが私の感覚とはズレているようです。増田さんの提唱する調和とは互助会のことですよね。互助会に所属したらなら手放しで増田さんの事を褒めてくれるそうですよ。万が一にでもこの記事をお読みでしたら是非おすすめです。

 

同調と調和が止揚した世界

同調を強制するような組織が時代にそぐわないのであれば勝手に潰れていきます。それを批判したところで、何十年と続いてきてことなのでいまさら変わりません。あの日本を代表する航空会社のJALですら潰れるまで不採算路線の整理や業務効率化ができていなかったのですから、普通はよほど大きなショックが無ければ無理なのです。

そもそも同調と調和とは?

さて、この記事では同調、調和という言葉が度々登場しますが、それらは何かということで、デジタル大辞泉で調べてみました。

 

同調

  1. 調子が同じであること。同じ調子。
  2. 他に調子を合わせること。他人の意見・主張などに賛同すること。「彼の提案に同調する」

(デジタル大辞泉)

調和

  1. 全体がほどよくつりあって、矛盾や衝突などがなく、まとまっていること。また、そのつりあい。「調和を保つ」「周囲と調和のとれた建造物」「精神と肉体が調和する」

(デジタル大辞泉)

これだけではあまりイメージがつきにくく、しっくりこないので、さらに調べを進めていくことにしました。

 

孔子の考える同調と調和

中国の学者である孔子は、「同調と調和は違う。その違いを知らないだけで、圧倒的に不利な人生を強いられるだろう」という言葉を残したそうです。また、「和して同ぜず」という言葉も残しています。

「和して同ぜず」は人は誰とでも調和するものだが、道理や信念を忘れてまで人に合わせるようなことは決してしないという意味だそうです。つまり、同調とは道理や信念を忘れて手放しで人に合わせることのようです。

先程の物語で出てきた増田さんは、同調と調和が違うことには気づいていたみたいですが、結局は自身の「調和」という考えが素晴らしいのにどうして同調しないのかという事に悩みこんでしまったのではないかと思います。

 

参考サイト

孔子『同調と調和は違う。その違いを知らないだけで、圧倒的に不利な人生を強いられるだろう』|インクワイアリー

和して同ぜず – 故事ことわざ辞典

 

同調を要求する組織の改革

同調を要求する組織内に調和を作り出すには、制裁を受ける可能性があっても「乱すこと」に対する覚悟をする必要があります。理想的な組織は調和を求めることに制裁がないことですが、会社が潰れるというショックと同じくらいのダメージを個人が受ける覚悟があるなら、その集団には多様性を大切にした調和という考えが生まれると思います。

例えば、皆が上司が帰らず仕方なく残業している(同調)とします。そんな時に、ある社員がひとり早く帰るようになって白い目で見られるような時に、「必要ないんだから帰ろう」と早々と帰る決断をした人が何人か出た時に「調和」が生まれます。皆が残業するから残業していたが、意味もなく残業する事は辞めよう、仕事が終わったら帰って良いんだという考えを持つようになるかもしれません。

多くの人は「机上の空論」及び「難しい」と言う感想になると思います。

 

同調は誰のため?

どうして難しいのかは、何のために「空気を読む」のかということなのです。組織の和を乱したことによって、何が得られるのか。本当に何も得られない時や得られるものが「乱す前」より少ないと判断するからです。

いかなる批判を受けても変えていくことに利益(ベネフィット)があるなら、同調圧力というものは屁と同じくらいの価値に成り下がります。利益は、自分のためだけでなく誰かのためという事もあります。

具体的に同調圧力が機能しなくなるのは、労働組合のない企業で不当な扱いを受けた時に、労働組合を設立して企業と対立するなどがあります。労働者の権利として認められている労働組合を設立することは悪いことではありませんが、その企業は難色を示していたそうです。しかし、その人は「空気を読まず」自身の正義のために企業と対立することを選びました。引越社関東という会社で実際にあったことです。仕事をクビになって、裁判の結果、復職した後はシュレッター係として勤務することになりました。

そういうひどい扱いを受けても、そうすることに何らかのベネフィットがあったから同調をせずに、世間一般にこんなにひどい会社がありますということを宣伝することになりました。

大きな権限を持たない普通の人にとっては、変えていくことよりも今の地位に安住した方が遥かに楽です。同調しているのは他でもない自分のためなのです。調和では意思表示と責任を持つが求められますので、責任を持たなくて良い同調よりも難しいと言えます。

 

同調を完全否定した場合

インターネット上では良く調和した状態を同調しないこととして、調和を立てるために同調を否定するケースがあります。しかし、それは違うと思います。

万が一にもマクドナルドが調和のある組織を目指して、一切の同調を否定する組織を目指してしまったらどうなのでしょうか。各店舗がそれぞれの取引業者を持ち、独自の価格設定をするようになるでしょう。本部からの同一価格や指定取引先というものがなくなって、商品名は同じでも中身の分量や構成が店舗ごとに違う・・・。店舗ごとに個性が出るのでおもしろい取り組みかもしれませんが、マクドナルドに求められているのは低価格のハンバーガーを素早く提供されることだと思います。顧客の求める商品が提供されなくなってしまいます。

そうなると勝ち負けがはっきりするかもしれないですね。あの店舗の方が品質が良かった、お得感を感じられたのように。

「会社に来なくても良く、仕事はどこでやっても良い」と、成功する人と落ちぶれる人がはっきり別れる。 | Books&Apps

たしかに、本部からの圧力はある意味では同調には違いありませんが、必要条件でもあります。調和には必要条件を受け入れる事も大切なのです。必要条件を受け入れることは同調に屈するということではないというのは孔子も言っています。世の中の同調か調和かという対比はそもそも前提が間違っているということです。

調和の取れた集団

必要条件を受け入れるということは同じ方向を向いて作業するということだとして、それに個人の意思と責任を足すと、調和の取れた集団とは「共通の目的の元に集い、それぞれの意志や責任に基づいて活動する集団」ということになると思います。

 

そうなると上述の増田さんは、明らかに他目的で地域のグループに参加しており、むしろ調和の取れた集団を破壊する恐れがあったようにも感じました。ビジネスとして割り切るにしても連絡がいい加減で、個人として参加したのにしてはビジネスが入りすぎています。

 

同調か調和のどちらかというものではなく、調和の中に「共通の目的の元」という同調が含まれているのだったら、今の同調のうち「体育会系の年上が役職が偉い」という風潮さえ解消できれば、止揚(どちらも共存)できるのかもしれません。

 

これからそういう企業が増えていくことを期待します。

 

そして、私はそんな世界を夢に見ます。

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