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浜川砲台の警護任務で滞在したかも!若い頃の姿を再現した「立会川の坂本龍馬像」に立ち寄る

浜川砲台の警護任務で滞在したかも!若い頃の姿を再現した「立会川の坂本龍馬像」に立ち寄る

はい、皆さんこんにちは。いんたらくとです。

立会川の坂本龍馬像

立会川の坂本龍馬像は、北浜川児童遊園という公園の一角に設置されている銅像です。京急立会川駅から駅前通りを歩いて約5分と駅からとても近い場所にあります。

初代の坂本龍馬像は2004年に高知市から寄贈されて設置されました。現在のものは2010年に設置された2代目だそうです。銅像は20歳頃の坂本龍馬をイメージして作られているそうです。

浜川砲台と坂本龍馬

立会川には土佐藩が管理していた浜川砲台がありました。ちなみに、浜川砲台跡は現在でも運河沿いに残されていますが、当時は海だった場所も埋め立てが進んで当時の面影は残されていません。晩年は旧体制側となっていた幕府の新選組に暗殺されてしまいますが、若い頃は土佐藩士として土佐藩及びに幕府に仕えていました。

1853年にアメリカのペリーが浦賀沖に来航しました。外国船が訪れることは鎖国中の幕府にとって一大事でした。江戸の警護体制の強化に当たって、坂本龍馬も浜川砲台にて警護の任につきます。その時の坂本龍馬は自費で東京に出てさまざまな学習をしており、本来の武士としての職務を休職していました。ペリー来航は休職中の坂本龍馬にも召集がかかるほどの緊急事態でした。

警護の任務についていた頃の書簡が残されているため、20歳頃に坂本龍馬が立会川の浜川砲台に居たことが分かっています。それで若い頃の坂本龍馬をイメージした銅像が立会川に設置されたそうです。

狭い道が多い立会川

立会川周辺には住宅街や商店街が広がっています。道も狭いので車で訪れるのはあまり良いとはいえません。歴史好きの方などで周辺を散策するなら徒歩をおすすめします。立会川の坂本龍馬像と関連する史跡である『浜川砲台跡』も散策するには程よい距離です。

おわりに

立会川は坂本龍馬も滞在していた可能性が高い場所です。土佐藩出身だからといって必ずしも縁の地が高知にしかないわけではありません。東京の観光地とは全く関係のない場所に、坂本龍馬の足跡があります。歴史や坂本龍馬が好きな方は、若い頃の坂本龍馬が見て感じたであろう立会川にも訪れてみてください。

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